上映予定の映画



そっと寄り添う
ゆっくり生まれ変わる


本作が長編2作目となるノルウェーが生んだ才能アンダース・エンブレム監督の故郷オーレスンを舞台に、窓越しの淡い新緑、葉のざわめき、風の通る木陰、船にぶつかる波の音、新聞のページを捲る音など、何気ない日々のスナップショットを並べたような描写と共に、柔らかな色彩に包まれたこの作品は、静かな佇まいで絵の具が乾くのを見るかのように進む。何かを声高に叫ぶわけでもなく、世界で最も裕福な国の一つといわれるノルウェーに対する、微妙な疑問とメッセージをそっと囁くように投げかける。心拍数を安定させながら、心乱さず高揚させてくれる物語は、”語らずに語る”全てが愛おしいスローシネマだ。

2022年製作/78分/ノルウェー
原題または英題:A Human Position
配給:クレプスキュールフィルム


あらすじ



ノルウェー・オーレスン。ここはフィヨルドに囲まれた、色鮮やかなファサードの建物が立ち並ぶ美しい港町。夏を迎え、今は白夜の季節。この時期は、太陽の光がこの町の海と緑をさらに美しく照らし出す。アスタはこの町で、再び動き出そうとしていた。病気療養のため、地元新聞社の記者の仕事からしばらく離れていたが、臨時雇いながら復帰も決まった。心も体も、まだまだ万全ではないが、カンならそのうち取り戻せる…。アスタは自分をそう信じ、かつての職場に戻っていった。アスタが一緒に暮らすのは、病気ですっかり弱ってしまった心に癒しをくれる小さな猫一匹。そして自宅を職場に、古くなった椅子のリペアを手掛ける最愛のパートナー、ライヴ。特にライブとの他愛のない会話と穏やかでゆったりと過ごす時間は、今のアスタにとって何より大切なひと時だ。記者としてアスタが担当するのは、市内で起こるささやかな出来事や小さなトラブル。自宅に戻れば、ライヴと二人だけのリラックスした時間。静かに戻りつつあるアスタの日常。ある日、ライヴは新聞に掲載されていた記事に目を留める。それは『労働法違反で難民申請者が強制送還へ』と題された誌面の小さな記事。その内容が気になったアスタは翌日、記事を担当した記者に連絡をとる。わかったのは強制送還された彼の名はアスラン、そして勤めていた水産加工工場の連絡先…。




解説


夢のような時間がゆっくりと流れる、ノルウェーの哀愁漂う港町…
人生のちいさな一歩を踏み出す、優しさに満ちたスローシネマ


監督は、本作が長編2作目となるノルウェーが生んだ才能アンダース・エンブレム。フィヨルドに囲まれ、絵画のような色彩豊かな風景で「ノルウェーで最も美しい街」と称される監督の故郷オーレスンを舞台に、写真集を捲るように優しく美しい筆致で丁寧に描く。繰り返されるショット、音楽の不在、削ぎ落とされた行間、街の音はもちろん呼吸音まで聞こえてきそうな長い静寂…。アスタとライヴを取り巻く環境を、カメラは空気をも映し出すかのようにゆったりと物語る。自身のインスピレーションの源としてロベール・ブレッソンと小津安二郎を挙げるエンブレム監督は、劇中でも『お茶漬けの味』のセリフを登場させ、その小津愛溢れる演出には誰もがニヤリとするだろう。また、もう一つの主役とも呼べる椅子への想いが、二人をより結びつけている。ある喪失感を抱えた主人公の日常をそっと見守る子猫も、名脇役として作品に貢献している。


”語らずに語る”全てが愛おしい作品


主人公アスタを演じるのは、監督デビュー作『HURRY SLOWLY(原題)』に続いて再びタッグを組んだアマリエ・イプセン・ジェンセン。トラウマを抱える心の揺らぎや内に秘めた聡明さを、透明感を放ちながら抑制のきいた演技で表現。彼女に優しく寄り添うライヴ役にはマリア・アグマロ。そのコケティシュな仕草と歌声でほっこりと作品を彩る。柔道着を着て、着物を着る。日本の映画を観て、囲碁を打つ。箸を使って食事をする。少しずつ描かれる二人の機微を愛でるように心静かに見守るプロセスは、観るものを心和む気持ちに導いてくれるだろう。

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